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大阪高等裁判所 平成8年(ネ)1837号 判決

控訴人

六甲地所株式会社

右代表者代表取締役

美山英明

右訴訟代理人弁護士

村山公一

被控訴人

福山春喜

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

舞田邦彦

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは、控訴人に対し、各自金五九一万一八三〇円及びこれに対する平成六年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じて五分し、その一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決主文第一項1は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  (当審において請求を減縮して)被控訴人らは控訴人に対し、各自金三一八八万円及びこれに対する平成六年二月三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  第2項につき仮執行の宣言

二  被控訴人ら

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のとおり訂正するほか、原判決に記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決二枚目表二行目の「損害賠償」を「後記損害金の内金三一八八万円及び不法行為の翌日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払」と、三枚目裏九行目の「四〇万五九〇三円」を「四〇万〇四六三円」と、同末行の「支出を」を「支出を別紙一覧表のとおり」と改める。

第三  争点に対する判断

一  争点1(民法七一四条と失火責任法の関係)については、原判決(同五枚目表四行目から同裏一行目まで)に記載のとおりであるから、これを引用する。

二  争点3(被控訴人らの重過失の存否)について

1  本件建物の状況及び本件火災に至る経緯について

次のとおり訂正するほか、原判決五枚目裏三行目の「証拠」から七枚目表三行目までに記載のとおりであるから、これを引用する。

原判決六枚目表一〇行目の「後記」を「本件建物には中学生や高校生がよく出入りし、子供らの間で「秘密基地」と呼ばれていたこと及び後記」と、同裏一一行目の「拾って、本件建物」を「拾って(Kもこれを知っていた。)、本件建物の二階」と、同末行の「液体を」を「液体を可燃性のものであるとは知らずに」と、七枚目表一行目の「ストローにライターで火を付けるなどして遊んでいたところ」を「近くにあったストローに右ライターで火を付けてこれを燃え上がらせて遊んでいたが、ストローが短くなってきたので、Kにおいて火を消そうと思い、右ストローを右ジュース缶に入れたところ」と、同二行目の「誤って」を「火ばさみでストローを退けようとして誤って」と改める。

2  被控訴人福山ら(被控訴人春喜及び同照子)夫妻の監督義務について

右1のとおり、Iは、人の看守していない建物内でライターでストローに火を付けて燃やすという火遊びを行ったものであるところ、このような建物内における火遊びにより火災が発生し得ることは経験則上明らかであり、Iの年齢からすれば当然このような火遊びが許されないことは理解し得たというべきである。そして、親である被控訴人福山らは、子であるIに対し、火遊びそのものが危険であり、建物内における火遊びにより火災という重大な結果が発生し得ることを十分に指導し、監督すべき基本的な義務があるというべきところ、Iが他人所有の建物に侵入し、右のような火遊びを行ったことは、被控訴人福山らにおいて右基本的義務を怠っていた結果であるというほかなく、また、右義務の内容からみて、右義務を怠ったことについて重大な過失がなかったということはできない。

証拠(乙八、九、原審における被控訴人春喜、同照子)中には、被控訴人福山らは、日頃からIに対し、火には十分注意するように言っていた、Iは、本件火災発生時まで火遊びをしたり、火を付けることに特別興味を示したことはなかったとの部分があるが、これらが事実であったとしても、直ちに前記判断を覆し、被控訴人福山らがIに対し、火遊びの危険について指導、監督すべき基本的義務を十分尽くしていたと認めるには足りず、右義務を怠ったことについて重大な過失がなかったと認めるには足りない。

3  被控訴人水口ら(被控訴人光義及び同チヨミ)夫妻の監督義務について

右1のとおり、ライターを拾ったのはIであり、本件建物内においてストローに火を付けて燃え上がらせたのもIであるが、Kは、これを知っていたものである。そして、Kは、短くなってきたストローの火を消すためにこれをジュース缶の中に入れ、これにより予想外に燃え上がった火を消すためにストローをジュース缶から取り除こうとして誤ってジュース缶を倒したというものである。また、Tは、IやKと終始一緒にいたというものである。そうすると、KやTは、Iと一緒になって火を付けて物を燃やす行為を積極的に行っていたということはできないが、本件建物に侵入し、Iがライターでストローに火を付け、火遊びをすることを容認・助長していたということはできる。そして、Kの年齢からすれば、Kは、当然このような火遊びが許されないことは理解し得たというべきであり、Iの同級生であることからすれば、Iの火遊びを制止し得たというべきである(TはKの弟であり、IやKとは四歳年下の六歳であったことからすれば、TがIの火遊びを制止し得たということはできない。)。

そこで、判断するに、親としては子供に対し、火遊びそのものが危険であり、建物内における火遊びにより火災という重大な結果が発生し得ることを十分に指導し、監督すべき基本的な義務があることは前記のとおりであるところ、火遊びにより火災の発生という重大な結果が発生することからすれば、右指導、監督の内容には、他人が火遊びをしていたとしても、同人との関係等からこれを制止すべき立場にあり、これが可能である状況にあった場合には、同人の火遊びを制止しなければならないということを当然に含むというべきである。したがって、Iが始めた火遊びについてはKの積極的関与はないとはいえ、Kにおいて本件建物に侵入し、Iとの火遊びを容認・助長し、これを制止しなかったのは、被控訴人水口らがKに対する右基本的義務を怠った結果というべきであり、また、右義務の内容からみて、右義務を怠ったことについて重大な過失がなかったということはできない(Tに対する右義務懈怠については判断の必要がない。)。

証拠(乙六、七、原審における被控訴人光義、同チヨミ)中には、被控訴人光義は小学校の教諭であり、職業柄、Kら兄弟に火遊びに対する注意を含め、火災に関する指導を行っていた、本件火災発生時までKら兄弟が火遊びをしていることを窺わせる兆候もなかったとの部分があるが、これらが事実であったとしても、直ちに前記判断を覆し、被控訴人水口らがKに対し、火遊びの危険について指導、監督すべき基本的義務を十分尽くしていたと認めるには足りず、右義務を怠ったことについて重大な過失がなかったと認めるには足りない。

三  争点4(損害の算定)について

1  本件建物について

(一) 証拠(甲二、四)によれば、本件建物の新築、増築の経緯、種類、増築後の床面積は、控訴人主張のとおり認められ、昭和六三年七月に控訴人が本件建物を取得してから本件火災まで約五年六か月の間、本件建物は閉鎖され空き家となっていたことは前記認定のとおりである。

(二) 本件建物の焼失時の価額については、甲第四号証及び当審証人西宮の証言(以下併せて「西宮鑑定」という。)と乙第一〇号証及び当審証人永井の証言(以下併せて「永井鑑定」という。)があり、いずれも本件建物の焼失時の価額は、当時の再調達価額から本件建物建築後二一年を経過したことを一定の償却率によって減価し、さらに本件建物が五年六か月の間、空き家となっていたことを償却率の調整によって減価することによって求めるというものであるところ、本件建物の価額の算定方法としては、右算定方法によるのが相当である。

(三) そこで、右両鑑定について検討する。

まず、再調達価額については、西宮鑑定は、本件建物の焼失前の状態を現存する資料及び現地調査により可能な限り正確に図面化し、仕上表、数量積算表を作る作業を行った上、これによる建築費については谷脇一級建築設計事務所が作成した見積書の価額によっているところ、谷脇一級建築設計事務所が作成した右見積書は、各工事ごとに「一式」として金額を算出して、その各工事の合計額でもって建築費であるとしている。これに対し、永井鑑定は、西宮鑑定による本件建物の図面、仕上表、数量積算表を正当として是認した上、各材料費、工事費を個別に単価計算した上で建築費を算出している。したがって、再調達価額については、永井鑑定の方が個別具体的であり、かつ、これを疑うべき証拠はないから、永井鑑定を採用すべきである(ただし、その価額は消費税を含まない価額である二五〇〇万円を採用すべきである。)。

次に、本件建物の経年による償却方法については、会計処理上の方法として定額法と定率法があり、いずれの方法もそれなりに合理性があるが、建物は建築後、直ちにその価値が減じていくものではなく、漸次その価値を減じていくものであるから、建物の価額の算定としては定額法によるのが相当である(西宮鑑定及び乙五参照)。そして、本件建物が鉄工所及び居宅として使用されてきた(前記二1及び甲四)経緯もあり、その老朽化の程度は通常の同種建物より進んでいたと推認される(空き家となっていたことは前記のとおり別途考慮する。)ので、本件建物の償却期間を三五年とし、償却残については二〇パーセントとした上、償却率は、通常、簡易な工場倉庫に適用される2.3パーセントとするのが相当である(以上、西宮鑑定、永井鑑定、乙五参照)。

さらに、本件建物が空き家となっていたことによる償却率の調整については、更に四年分の減価額を加算するのが相当である(西宮鑑定参照)。

(四) 以上の説示に基づけば、本件建物の焼失時の価額は、次式のとおり一〇六二万五〇〇〇円と算出され、控訴人は、本件建物の焼失により同額の損害を被ったと認められる。

25,000,000×[1−0.023×(21+4)]=10,625,000円

2  取片付け費用について

本件建物焼失後の取片付け費用について、控訴人がこれを支出したことを認めるに足りる証拠はない。

3  鑑定評価費用について、控訴人がこれを支出したことを認めるに足りる証拠はない。

4  宿泊費、交通費等について

(一) 証拠(別紙一覧表の備考欄記載の各証拠及び原審における控訴人代表者)によれば、控訴人代表者は、本件火災の後、平成四年四月二一日から同月二三日までの間、本件建物の所在地(以下「現地」という。)を訪れ(以下「第一回訪問」という。)、被控訴人らと面談し、地元の業者に本件建物の取片付けの費用の見積りを依頼し、現地を測量したこと、同年五月一七日から同月二〇日までの間、本件建物の鑑定、消防署の事情聴取のために現地を訪れた(以下「第二回訪問」という。)こと、同年七月二〇日には、地積更正が確定したため現地を訪れた(以下「第三回訪問」という。)こと、右のとおり現地を訪れた際、別紙一覧表記載のとおりの金員を支出したことが認められる。

(二) 第一回訪問は、林建築設計事務所の林、建築業者の秋友が同行したものである(右控訴人代表者)が、前記訪問の目的に照らして、林及び秋友が同行したことは本件火災の事後処理として必要不可欠であったとは認められず、同人らの分として支出した金額は、本件火災と相当因果関係のある損害とは認められない。また、宿泊代は一日当たり一万円の限度で損害と認めるのが相当である。さらに、同年四月二三日の飲食代についてはその趣旨は不明であり、控訴人の損害とは認められない。第一回訪問についてその余の金員の支出は控訴人の損害と認められる。

第二回訪問は、控訴人代理人弁護士と甲第四号証を作成した西宮が同行したものである(右控訴人代表者)ところ、控訴人代理人弁護士と西宮が現地を訪問したことは、被控訴人らに対する損害賠償請求を含め、本件火災の事後処理を適正に解決するために必要であったと認められ、これを控訴人が支出したことも控訴人の損害と認められる。ただし、前記のとおり宿泊代は一人一日当たり一万円の限度で損害と認める。第二回訪問についてその余の金員の支出は控訴人の損害と認められる。

第三回訪問の目的は、前記のとおりであるところ、右目的に照らせば、第三回訪問は、本件火災による事後処理と直接の因果関係はなく、これについての金員の支出は控訴人の損害とは認められない。

(三) 右(二)の説示によれば、控訴人の別紙一覧表に関する損害は、一九万八六六一円となる。

5  以上、損害合計は、一〇八二万三六六一円であるところ、弁護士費用については、本訴認容額を参考として後に判断することとする。

四  争点5(過失相殺)について

前記二1認定のとおり、本件建物は、閉鎖されて空き家となっていたが、その管理は委託された管理人が数か月に一度訪れる程度のものであったこと、中原小学校PTAが本件建物を危険箇所として指定していたものであること、本件建物への外部からの立ち入りは容易であったことからすれば、本件建物の管理は極めて杜撰であったといえる上、本件建物内には可燃性の液体が放置されており、このことが本件火災に至った重要な原因のひとつであるといえるところ、右各事情は控訴人の過失として十分考慮されるべきである。一方、Iらが火遊びをした過失も重大であるが、その態様は、一回限りストローに火を付けたというものであり、これをたまたま可燃性の液体にそれとは知らず置いたことにより本件火災が発生したものであって、本件火災に至ったのは偶発的要素が多分にあったというべきである。これら諸般の事情を総合すれば、控訴人の過失として五割を相殺するのが相当である。

五  以上によれば、控訴人の損害額は、五四一万一八三〇円の限度で認められるところ、控訴人が本訴を提起するために弁護士に依頼せざるを得なかったものと認められるから、右認容額及び本件訴訟の難度等諸般の事情を考慮して、相当因果関係のある弁護士費用として五〇万円を認めるのが相当である。

したがって、控訴人の本訴請求は五九一万一八三〇円及びこれに対する本件火災(不法行為)の日の翌日である平成六年二月三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余の部分は理由がない。

六  よって、右と一部異なる原判決を主文第一項のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九二条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官蒲原範明 裁判官糟谷邦彦 裁判官塚本伊平)

別紙一覧表〈省略〉

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